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劇場におけるコレペティトゥールの仕事について [講演会]

 略語のようにコレペティという言葉を使っていたが、正式にはドイツ語: Korrepetitor / フランス語: corépétiteur という。オペラ指揮者になるための訓練の場なのかと思っていたが、実はものすごく幅広く大変な仕事と知った。一番印象に残ったお話は、歌手の個人稽古をするときのこと。個人稽古に入る前に、ピアノヴォーカルスコアの譜読みをし、台詞を読み、各パートを歌えるように準備しておき、練習する場面の、他の声部を歌いながらピアノを弾く。
 ピアノヴォーカルスコアに加筆もする。歌手の要望に応じて、メロディーや大事な音程を書き加えたり、歌のきっかけを掴みやすくするオケパートの楽器の音を加えたり、複雑すぎる音型を削ったり、実際のオーケストラの響きに近づくよう、独自の楽譜を作っているそうだ。以前楽譜屋さんで、フルスコアの代わりになるかとヴォーカルスコアを見て、音が少ないなぁと思ったことがあった。ヴォーカルスコアは誰が作るのか、用途により、またピアニスト次第で、演奏が変わるものと知った。
 劇場でのピアノと指揮者の通し稽古では、黄昏序幕・1幕やマイスタージンガー3幕では、2時間オケピットで一人弾き続けるそうだ。例えば、歌のない黄昏の最後の部分もオーケストラの音に近づくよう、ヴォーカルスコアを書き換えていたが、通し稽古があるので、隅々まで音をチェックするのかもしれない。
 ヨーロッパでは、コレペティから指揮者になった人を、”たたき上げ”と言うことがあるが、この経緯はごく普通で、ティーレマンもその一人だ。そう思うと、木下先生のような、コレペティ専門家も指揮をできるということで、オーケストラの指導を受けてみたいと、連れ合いは言っている。
夏のバイロイト音楽祭の季節に、ピアノでワーグナーのオペラや、ベートーヴェンの交響曲を弾く演奏会を結構聴く機会があり、編曲の程度も色々で、やはり大事な音が欠けていないオーケストラの響きに近い演奏は楽しい。オケの響きに慣れていると、音の欠損に敏感になる。こういう演奏はコレペティの領分に似ているようでもあるが、基本コレペティは、指揮者や、オケ、歌手に合わせ、彼らを助けることが主な仕事なのだろうと理解した。
 後半は、まずテノール歌手伊藤さんの紹介として、ローエングリンの”名乗り”の場面を聞かせてくれた。続いて個人稽古の実演。ローエングリンの三幕、結婚行進曲が終わりエルザと二人になってからのやり取りの場面を、感情移入した歌い方やブレスまで、譜読み段階の、指導の実演が披露された。ピアノを弾き、エルザのパートを歌いながら、テノールの声を聴き、発音の指摘をし、音が三度違うなど、指揮者の耳、注意力を兼ね備えた素晴らしい指導に、唯々驚嘆するばかり。上演の指揮者やオケを想定して、その特徴に合わせての指導もされている。とても楽しい企画に感謝で一杯だ。
 蛇足だが、こういう歌手の苦労の積み重ねを目の当たりにすると、いつも安定しているフォークトがいかに凄いかあらためて痛感する。
ワーグナー協会 第404回例会  
お 話:木下 志寿子(ピアニスト・新国立劇場コレペティトゥール)
聞き手:吉田 真
出 演:伊藤 達人(テノール)
演奏曲目:「ローエングリン」3幕
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譜めくりしやすいよう、厚いヴォーカルスコアを波打たせる(薔薇の騎士)

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