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バイロイト音楽祭―神々の黄昏 [オペラ(海外)]

 朝目覚めて、当日のチケットがあるのは、嬉しいものだ。これまで早朝から当日券に並んでいたので、やっとバイロイトのお客さんの気分で、朝のコアザールの解説を聞きに行った。ヴァンフリート館長Dr.フリードリヒの解説を前もって聞いておくと、舞台で見るべきところを見落とすことがない。
 ワーグナーとかけ離れているのは、もう当然で、カストロフ演出の舞台では、ジークフリートは英雄ではない。以前ベルリンのフォルクスビューネでハーゲンを中心とした演出をしたことがあると言ったようだが、黄昏の主役は間違えなく、ハーゲンだった。ジークフリートを撲殺して、森の中をさまよい歩き、最後ラインの乙女たちに、ボートに乗せられ、静かに川に流される。リングは普通にラインの乙女に返される。チクルス通じて、不安感や暴力が表現され、実は登場人物以外に、ラインゴルトからずっと一人男性が一緒に演技しており、暴力を受けたり、虐げられて、弱い人間の代表のように扱われている。おそらく、この役者の意味も、初日からフリードリヒの解説を聞いていればわかるだろう。
 クロイツベルクのトルコ料理Doennerケバブの店が、ギービビの家。横に野菜の箱が沢山積んであり、後ろは、ベルリンの壁。グートルーネのアップにした髪や服装でも、時代背景が分かるとのこと。カストロフは特に新しい衣装なども作っておらず、その時代のものを採用し、ブリュンヒルデのゴールドの服くらいしか作っていないとか。
 最後確かに、ニューヨーク証券取引所が、多分ヴァルハラとして、現れたが、だから何?という感じ。
 ライアンは下手だけど、この退廃的ジークフリートには役者として適役かも知れない。フォスターはやはり、ドイツ語に問題ありと思った聴衆が結構いたようだ。
 カストロフが言ったのか、Dr.フリードリヒが言ったのか、Eastseid Westseid Story のようなものだと。なるほど集約された言葉かもしれない。
 音楽は、舞台に乖離して、作品に潜むあらゆるワーグナーの片鱗を引き出し、魔法の杖を振っているかのように、美しく、はかなく、強靭 に、崇高に、音にしてくれた。
 カーテンコールでは、ペトレンコだけが、満場一致で、最高の拍手とブラボーを浴び、ニコニコしていた。正反対に、カストロフは、天井から降ってくるブーイングの嵐に対して、肩をすくめたり、客席を指差し、その指で自分のこめかみを差し、あなた方頭悪いのねという意味なのかと思うほど、ひょうひょうとし、自分にも拍手して欲しい様子に見えた。
 演出家グループのブーイング途中で、まだ暗いのに、席を立って帰る人が出てきて、少しして幕が開き、オケメンバーが全員舞台に上がっていて、雰囲気を和らげた。ペトレンコの笑顔が本当にいい。歌手も出てきて、また大拍手、じゃあ一緒にと演出家たちが来ると、またブーイングで、幕内に追いやられたように見えた。指揮者も演出家も、まだ一度もインタビューに応じておらず、天と地ほどの評価を受けるのだろうか。この演出で、良く歌手も頑張ったと言ってあげた方が、良いかもしれない。ペトレンコは、きっとオケの信頼を得て、思いの全てをこの空間に投影できたのではないだろうか。きっと謙虚なコメントが聞けるだろうと楽しみだ。(G)
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 ワーグナーが好きだったというこのピンク、雨に洗われて綺麗になった
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