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ユリアン・シュテッケル 無伴奏チェロリサイタル 宗次ホール [コンサート]

 GWに入り、高速バスで名古屋に向かった。想定が甘かった渋滞に加え、事故や途中休憩の出発時間に遅れる不届きな乗客もいて、8,5時間かかり、うかつにも、コンサート前半を聴き逃してしまった。
 ユリアン・シュテッケルは、2010年ARDミュンヘン国際コンクールで、一位になったチェリスト。ミュンヘンコンクールとはどんなもかと、私も聴きに行っていた。(二位は横坂さん)
https://gruen.blog.so-net.ne.jp/2010-09-01
 準決勝は指揮なしの室内オーケストラとハイドンのC-Dur、決勝はドヴォコンだった。それ以来一度も、シュテッケル氏の演奏を聴くチャンスがなく、近年ミュンヘン音大のプロフェッサーとして、岡本侑也さんが師事するようになり、是非とも聴いてみようということで、連れ合いと名古屋まで行くことにした。
 9年前は、生き生きとエネルギーみなぎる力強さが印象的だったが、この日は昔の印象とずいぶん違い、バッハはさらさら流麗で詩的、瞑想するようなチェロだった。デュティユーは、音の雰囲気がとても合っていて、理想的な演奏だと感じた。音が綺麗で、途切れず、響の中に包み込まれる。聞き手が立ち止まらずに聴けるデュティユーは珍しいと思う。この作品は、他の生演奏、ユーチューブも聞いているが、同じ楽譜でここまで違うものかと、美しさに感動した。
 終演後、CDを買った人向けにサイン会があったので、私も並んだ。ミュンヘンコンクールを見たと言ったら、結構驚いていて、東京にも来て、演奏して頂きたいと言うと、横に立つ日本のマネジャー次第との回答。今回はびわこホールで沼尻・京都市交響楽団でドヴォコンとソロの2公演、名古屋でこの日の1公演で、帰国は東京経由のフライトらしい。
 たまたま先週クニャーゼフのバッハを聴いたばかりで、奏者の世代差、個性が如実に感じられる。バッハ無伴奏組曲の可能性は無限大だ。私の中では、ある時期、バッハはこういうものだという思いがあったが、今は壮大なバッハの世界を楽しむことに幸せを感じる。
 
ルトスワフスキ:ザッハー変奏曲(無伴奏チェロのための)
J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲 第3番 ハ長調 BWV1009
J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲 第4番 変ホ長調 BWV1010
デュティユー:ザッハーの名による3つのストローフェ
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クニャーゼフ・バッハ無伴奏チェロ組曲全曲 かつしかシンフォニーヒルズ [コンサート]

 昼のさなか、バッハ無伴奏全曲聴くという素晴らしい企画があり、青砥まで行ってきた。
 バッハの全曲演奏会は意外と聞いておらず、何十年か前、藤原真理さんが始めた誕生日にバッハ全曲弾くというコンサートの第一回目を聞いて以来の気がする。何故なら、客席で、緊張するのがちょっと辛いからだ。一曲弾くのと全曲弾くのでは、演奏が変わってくるのは、自然なことだと思う。
 今回は、4時間に及ぶ、長時間コンサート。1、2、3番を弾いて、15分休憩、4、5番の後もう一度休み、6番の演奏時間は、40分位だろうか。最後立ち上がって拍手する人もかなりいて、疲労感漂う中、お気の毒に、アンコールの声に応えて、一番のメヌエット1を可愛らしく演奏してくれた。
 個人的印象としては、思っていた以上に濃い演奏で、現実を忘れる特別な時間となった。痛く感動したのは、全曲弾くというのは挑戦であり、勝負事のように、不屈の精魂が必要だということ。バッハ無伴奏組曲の演奏は様々だが、クニャーゼフは、高度なテクニックの心地良さではなく、正直に自分をさらけ出す、むしろ重苦しい姿が感動を誘うものだった。
 クニャーゼフは1961年生まれ。悲運の経歴を何も知らない人でも、このバッハを聞き、時折意識が飛んでいるようにも見える姿には何かを感じると思う。時にさらさらと、大部分は充実した音色でねっとりと弾き、繰り返しには、かわいらしくトリルを加え、時に即興演奏のような勢いで突き進む。オルガンも弾く方で、サラバンドなどは、ものすごくゆっくりで、オルガンのような持続した高密度で重量感のある音質に、逃れられない力を感じる。重音をぴったり同時に弾くのも、オルガン的かもしれない。エネルギーが滲み出てくる様は、汗だくになった黒シャツ姿が物語っている。
 一度エンドピンを刺したら、楽器は微動だにせず、わずかな身体の動きで音の重さをコントロールしているらしいのが、後方の座席でもうかがえる。弾く姿が何ともワイルドで、背後の反響版の模様の横線がちょど肩のあたりにかかり、時々その線が地平線に見え、野っ原で強風に耐えて演奏している、労働感に感情移入してしまう。
 直立して、左手に楽器、右手に弓を持ち、にこにことお辞儀する姿も、気取らず、人懐っこい感じがして、微笑ましい。
 
アレクサンドル・クニャーゼフ 
作曲家の秘密 シーズンI 第1回 ヨハン・セバスティアン・バッハ
かつしかシンフォニーヒルズアイリスホール (チケット¥2000)
実際の終演 17:30
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東フィル チャイコフスキー/交響曲第4番 [コンサート]

 この定演プログラムは、バッティストーニが新天皇の即位を祝っての組んだものとのこと。
 モーツアルトの生の演奏を聴くのは、とても久しぶりだった。やはり音が軽く綺麗で、心身が癒される体感を得た。これから年齢とともに、モーツアルトにはお世話になっていくと思う。
 バッティストー二のチャイ4は緩急が自由自在で、エネルギーが爆発し、弦楽器が指揮に食いついく姿を見て、若いなあと感じ、約一名、4楽章の難所を捨てていたように見えた奏者もあり、もし、これほどエネルギッシュな指揮者だった場合、今の自分が全力で弾き通せるか相当の覚悟が必要だ。
 昔は2楽章冒頭のメロディをD線で弾くなどと考えなかったが、次回はトライするかもしれない。もう二度と弾きたくなかった4楽章の難所も最後と思い力を尽くしてみようと思う。

指揮:アンドレア・バッティストー二
ピアノ:小山実稚恵
ウォルトン/戴冠式行進曲『王冠』
モーツァルト/ピアノ協奏曲第26番『戴冠式』
チャイコフスキー/交響曲第4番
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「フィレンツェの悲劇/「ジャンニ・スキッキ」 [オペラ(国内)]

 フィレンツェの悲劇は初体験。1時間ほどの作品なので、一応音源を聞き、リブレットを読んでから新国立劇場へ向かった。原作はオスカーワイルド。作曲者を知らずに聞けばリヒャルト・シュトラウスと信じてしまうほどよく似ている。大編成のオケが必要な作品で、広い劇場では、音楽と発せられた言葉だけでは気持ちを表現できず、演劇の要素も大事だとまず感じた。これは、R.シュトラウスが小編成のオーケストラのオペラ作曲に向かった理由の一つでもあるようだ。
 ドイツのオペラは長々心情を吐露するもの。ツェムリンスキーはドイツ人ではないが、個人的には、シモーネが若い妻を諭し、「世の中を知り、冬になって知恵はやってくる」というあたりが、ホロっとくる。ちょっとストレートな感じはするが。
 一方プッチーニの方は、大分以前のことだが、トスカの最初の方で、絵に嫉妬する場面の台詞で、ドイツ語に翻訳された字幕に笑いが起こったことがある。
 さて、当日、フィレンツェの悲劇の舞台美術は暗めのシモーネの家。豪華で美しく、アルコーブという部屋の作り以外は、ト書き通りで、広い舞台に3人だけだ。新国立劇場の4階席からでは双眼鏡を覗いても、歌手の表情までわからず、年齢とともに、レンズの倍率も上げねばならないと実感した。一階席前方なら、音楽と演劇を十分楽しめただろう。
 ジャンニ・スキッキの舞台設定は巨大な書斎机の上で、大きなペンや本、小物棚、小皿の上のクッキー、コイン、天秤などからが配置され、その周りを小人サイズの歌手が賑やかに動きまわり、時に机の引き出しに隠れたりする。大きな遺書を皆で開き、覗き込見て騒ぐ場面は、この手の巨大舞台セットの効果がよく発揮されている。
 ジャンニ・スキッキ役カルロス・アルバレスは素晴らしく、東京で本物を聴かせてもらえてありがたい。日本人キャストも皆好かった。オケは部分的には綺麗だが、一体感が追いつかず、プッチーニのスカッとした音の響きまでは味わえなかった。

フィレンツェの悲劇
グイード・バルディ:ヴゼヴォロド・グリヴノフ(テノール)
シモーネ:セルゲイ・レイフェルクス (バリトン)
ビアンカ:齊藤純子(ソプラノ)

ジャンニ・スキッキ
ジャンニ・スキッキ:カルロス・アルバレス(バリトン)
ラウレッタ:砂川涼子、ツィータ:寺谷千枝子、リヌッチョ:村上敏明
ゲラルド:青地英幸、ネッラ:針生美智子、ゲラルディーノ:吉原圭子、
ベット・ディ・シーニャ:志村文彦、シモーネ:大塚博章、
マルコ:吉川健一、チェスカ:中島郁子、スピネッロッチョ先生:鹿野由之
アマンティオ・ディ・ニコーラオ:大久保光哉、ピネッリーノ:松中哲平、グッチョ:水野秀樹

指揮:沼尻竜典、演出:粟國 淳
東京フィルハーモニー

『フィレンツェの悲劇』/アレクサンダー・ツェムリンスキー
全1幕<ドイツ語上演/字幕付>
Eine florentinische Tragödie / Alexander ZEMLINSKY
『ジャンニ・スキッキ』/ジャコモ・プッチーニ
全1幕<イタリア語上演/字幕付>
Gianni Schicchi / Giacomo PUCCINI
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「ペーター・ザイフェルト氏を迎えて」 [講演会]

 花冷えで小雨の降る中、ペーター・ザイフェルト氏の楽しいインタビューがあった。会場へ来る途中滑って転倒したそうで、同行者が支えきれない立派な体格だった。
 とにかくお話がとても面白く、ご本人も将来何か執筆されたいような雰囲気だった。あまりに有名すぎて、意外にも経歴などはネット検索で出てこないが、お父さんは戦争で体を壊す前は、オペラ歌手であり、お母さんは、根っからの音楽愛好家で、耳で聞いた様々なジャンルの音楽をピアノで弾かれていたそうだ。ザイフェルト氏は1954年生まれだが、とても60歳を越しているようには見えないほど、お肌の艶がよく若々しいし、声も衰えていない。デュッセルドルフ出身で、子供のころはラインドイツオペラの少年合唱団に所属し、将来は歌手か役者か、人前へ出る仕事をしたいと思っていたそうだ。
 子供のころからのヴァーグナーファンで、トリスタンの愛の死をヘッドホンで大音量で聞き続け、これで耳がつぶれてても良いと思うほど中毒になったそうだ。
 歌うのが一番難しいのはトリスタン。自分はビールを飲んで明るく死にたい人間なので、死にたいと苦しむ役は難しいと。(笑う所) グールドはタンホイザーが一番難しいと言っているそうだ。
 Q.コンディションを保つ秘訣は? A.歌う喜びやエキサイティングな気持ちがエネルギーとなり、責任と緊張感のを持ちながら、常に全力で歌っているとのこと。気のゆるみのある人は消えていく。いくら評判が良いからと同じ役ばかり歌い続けず、間を置かしてもらう。ローエングリンは職業ではない。(笑)
 Q.歳をとって益々好調な理由は?A.歌い方や力配分の要領がわかってきて、不安がなくなって来るから。また、怖い指揮者に怯えることもなくなり、既に他界した巨匠指揮者との経験などを若い指揮者に語っている。自分は声の出し惜しみをしたことはなく、若いころのように、こんなに歌えますと自己主張する必要もなくなったので、声の続くかぎり歌い、歌うのが苦痛になったらすっぱり辞めるとのこと。
 たくさんのエピソードを語られ、バイロイト時代の内輪話、共演してみて好きな指揮者の名前と逸話は10人近くに及んだ。お話好きのようで、是非本を書いていだきたい。

場 所:東池袋 あうるすぽっと会議室B ライズアリーナビル 3F
テーマ: 「ペーター・ザイフェルト氏を迎えて」
お 話:ペーター・ザイフェルト(テノール)
聞き手:鈴木 伸行(当協会理事長)  通 訳:蔵原 順子
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東京春祭ワーグナー・シリーズvol.10 《さまよえるオランダ人》 [オペラ(国内)]

 東京春祭ワーグナーシリーズ10作品目。春のワーグナーイヴェントとして生活の中に定着したが、いつしか、これはこれ、何かと比較してはいけない、その方が楽しめると悟り、受け身で聞かせてもらっている。
 今年のオランダ人公演は、去年までのドイツ感を求めたくなる春祭ワーグナーと一線を画し、一つのイヴェントとして明るく楽しませていただいた。ゆっくり目のテンポで、何やら音楽が明るく聞こえ、伸び伸びと、歌手陣は思い思いに歌い上げ楽しそうだ。3幕の幽霊船の合唱も全員舞台上で歌い、オケも隅々まで見えて、オランダ人の陰鬱なイメージを払拭される気がした。
 好かったのは、ザイフェルトの歌うエリックが、力強く、説得力があり、初めてヘルデンテノルーのエリックを体験したこと。ローエングリンのような雰囲気だった。
 ワーグナー自身が女々しくないエリックを望んでいたとを、この前学んだばかりで、なるほどと実感した。2幕のゼンタとのやりとりが作品の中心のようになり、エリックは全うな人間であることに、聴衆として安堵を覚える。
 これまでオランダ人にネガティブな印象を持っていたのは、エリックの優しさが際立つ歌手、或いは、演出しか体験していなかったからなのかもしれない。今になって、作品のイメージが豊かになったこと、春祭プロダクションに感謝したい。
 急遽、ダーラント役の助っ人で来日した、ノルウェー人のイェンス=エリック・オースボーは、よく響く温かみのある声でだった。

指揮:ダーヴィト・アフカム
オランダ人(バス・バリトン):ブリン・ターフェル
ダーラント(バス):イェンス=エリック・オースボー
※出演を予定しておりましたアイン・アンガーは、イェンス=エリック・オースボーに変更となりました。
詳細はこちら
ゼンタ(ソプラノ):リカルダ・メルベート
エリック(テノール):ペーター・ザイフェルト
マリー(メゾ・ソプラノ):アウラ・ ツワロフスカ
舵手(テノール):コスミン・イフリム
管弦楽:NHK交響楽団
合唱:東京オペラシンガーズ
合唱指揮:トーマス・ラング
合唱指揮:宮松重紀
アシスタント・コンダクター:パオロ・ブレッサン
映像:中野一幸
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